第454話・心をください(10)
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「――あぁ~、変わってねぇなあ!……ここだけは……!!」
F高校から程なく進んだ帰宅途上にある、P公園。
少しだけ一服するため、横道にそれて、
件の桜の大木の前へやって来た俺は、
二ヶ月前の七月中旬に千尋と訪れてから、そこが、
当時と全く同じ装いを残していたことに驚き、
まるで、過去にさかのぼったかのような、憧憬の眼差しで付近を見渡す。
(あれが、元気だった千尋との、最後のミニデートだった……。
何年も昔みてぇな感じがすっけど、芝生も木立ちも、真夏の勢いのまんま!
『変わったのはお前達だけだ』って、呆れられてる気がするぜ……)
あの日恋人と見上げた桜は、明るい日光に照らされながら、
美しい青葉を一面に張り巡らせ……
人間社会の喧騒など『どこ吹く風』といった様相で、
ただそこに、ひっそりとたたずんでいて、
「……うぅっ!……あん時に、戻りてぇ……!!
俺が足を怪我してて、迎えに来てくれたお前の背中に揺られて、
ここまで運ばれてさ……
んで、俺達が初めて出会った時のコト、一緒に話して……」
「あふ……」
もはや心が折れまくりで、一人、とうとうと昔語りに逃避して……
いた俺の耳へ、唯一の聴衆が放ってきた、何とも間の抜けた合いの手が、
即座に現実へと引き戻してくれ、
「……ハ?!」
ギョッとして振り向くと、すこぶる眠そうな顔をした黒髪幼児が、
フガフガあくびを噛み殺しては、両目尻になみなみ涙をたたえていて、
「ゔっ……ゔっ……ゔ・ゔ・ゔ……ゔ・ゔ・ゔ……」
「……ちょ……!……まっ、待て!!
こんなトコで、力尽きないでくれよ!!」
本日の強行イベントのせいで、神経をすり減らす場面が多く疲れたのか、
抗えない睡魔と戦うつもりもなく、膝を折り腰をかがめていく彼の腕を、
俺は慌ててつかみ引き上げつつ、
「かっ、帰ろ?……すぐ帰ろう!!
家で寝た方が、ずっとマシだぞっ!!」
「ゔーー!……ゔ~~~っ!!」
こちらの都合を押し付けようとも、敵もさる者、
『ヤダ、寝る!』という、頑なな態度を維持したまま、
躊躇なく地べたへ寝転がり、
「オイ!!勘弁してくれよっ!!千尋ったら!!
起きろーーーっ!!わあ゙ぁ゙ぁ゙ーーーーっ!!」
「スーッ、スーーッ……スーーーッ……」
あっという間に、爆睡の彼方へ意識を消失させてしまった!
「……!!……!!……マジ・かよ……??」
後には、叫ぼうが揺さぶろうが、微動だにせず眠りこける恋人と、
その頭を両腿に乗せたまま、呆然と芝生の上にへたり込んでいる自分が残り、
「……どーすんだよ、コレ!?
じきに日も暮れて、危なくなるってのに、
俺一人じゃ、にっちもさっちもいかねーぞ……!!」
自宅ではちょくちょくあった事でも、
こんな風に、外で昏倒されたのは初めてで、
展開を受け止め切れずに停止した脳が、
冷静さを取り戻すまで、しばらくの時間を要し、
「……困ったなぁ~!!……いざとなったら、
タクシーを呼ぶか、ロバートに来て貰うしかねぇか……。
それもコイツが、いつまで寝るかによるし……ハアァァ~~!!」
こんな、近場に日陰もない公園のど真ん中で、
豪快に倒れ込んでいる大男を、
一人置き去りにして逃げ出す訳にもいかない。
千尋の様子を見ながら、気長に待つ他はなくて、
元は教科書類、今や彼のお世話グッズで一杯のリュックを開けて、
夏の強い日差しの照り返しを、
上手く遮ってくれそうな物は無いかとあさり、
「こんだけ暑ちぃと、熱中症が怖えーんだけど……何もねぇなぁ!
……準備悪りぃな、俺……」
予想の斜め上をゆく彼氏の行動に、
俺の通学カバン改め、マザーズバッグの品揃えも、
ようとして追い付いていけない。
自分も汗をかきかき、眠る恋人の火照った頬を、
手の平でパタパタあおいでやっては、
「せめて、俺とお前の体格が、逆だったらなぁ~!
……いや、それより何より”アレ”だよな、やっぱ……」
――いいか、可能な限り早く、免許を取得するんだぞ!
――車なら、俺が買ってやるから!!
(……ッッ……!!)
生前の千尋が、口を酸っぱくして命じていた台詞が、
今頃になって、教訓のように鋭く胸へ突き刺さる。
ジェリーにひき殺されそうになった恋人を心配した彼は、
『自転車は危ない、せめて自家用車で通学しろ』と、
ことあるごとに忠告してくれていたというのに、俺は、
借金を増やしたくないのと、悪目立ちしたくないというだけの理由で、
彼の提言を全力でスルーし続けた……結果、
今や『移動手段は徒歩のみ』という、最悪な事態に追い込まれてしまい、
「あぁ~~!何つーアンポンタンだったんだ、俺は!!
車さえ運転できりゃ、こんなトコで立ち往生しなくて済んだのに!!」
たとえ千尋が寝込もうが、機嫌を損ねてぐずり泣きしようが、
車内へ格納したまま、楽々アパート直帰することが出来たのだ!
(それどころか、買い物も病院通いも、自由自在!
有り余る暇を有効活用して、コイツと観光しまくる夢だって……!!
~~俺のっ、バカバカ!!大馬鹿野郎ぉぉぉーーーっ!!)
『なぜ彼の言う通りにしておかなかったのか』と、
悔やんでも悔やみ切れない頭蓋骨を抱えて、
ウンウン悶絶している……その真下で、当の本人は、
愚かな恋人を叱り付けることもせずに、
スースースヤスヤと、安らかな寝息を立てていて、
「……ハァ……寝顔だけは、相変わらずイケメンだよな。
本とに、心がぶっ壊れてんのかと、疑いたくなるホドに……」
しかしこれは、”彼”ではない。
俺が愛した男性は、この中で深い眠りに就いていて……
いつか、何事も無かったかのように目覚めて、
『歩夢』と呼び掛けてくれると、信じていたいのに、
(この、性質の悪い”抜け殻”……
千尋の姿をした赤ん坊が目を開ける度に、
『そんな妄想は叶う訳がない』って、思い知らされる……!
毎回毎回、騙し討ちみてーな真似して、
ささやかな期待を打ち砕いてきやがるなんて、鬼の所業かよ!!)
八つ当たりのごとく俺は、その凛々しく整った眉、フサフサのまつ毛、
シュッと引き締まった輪郭を指先でなぞり……
最後に行き着いた口角を、グニグニもてあそんでは、
「……オイ、バカ千尋!
『あー』とか『うー』とかばっかくっちゃべってねぇで、
たまには『歩夢』って言ってみろよ?……ほらっ!
『あゆむ』だぞ、『あ・ゆ・む』!……『あ・ゆ・む』っ!!
アァーーユゥーームゥゥゥ~~~っっ!!
……ッ……!……ッッ……!!~~~~~ッッッ!!」
無体な発音訓練を施す右手が、ワナワナ震え出してつと止まり、
プルンと艶っぽい形状を取り戻した唇へ、
汗ではない水滴がポタポタ舞い落ちる。
(……何で……何でなの……?
どうして今、俺の隣に千尋が座ってねくて、
優しく微笑みかけてくれないの……??)
我が手の内には、こんなにも確かな温もりと、
しっかりした息づかいが存在しているというのに!!
「ヴッヴッ……!ヴッヴッ……!
教えてよ……俺は、いつどこで間違ったの……?
どうすれば、お前はまた、俺のトコに帰って来てくれるの……??」
わずか19年の生涯を、俊足で駆け抜けて逝った彼……
その間俺と暮らせたのは、たったの四ヶ月弱という短かさで、
「……もっと、お前の言葉に、耳を傾けるべきだった……!
俺さえ、お前を信じて、求められるままに愛してやれてたら、
こんな別れ方には、ならなかったハズなのに……!!」
以前の千尋は俺を、ちゃんと恋人として扱ってくれた。
彼が必要とした時のみ、母親役を演じるだけで良かったのに、
今や、母親以外の立場で彼と接することは、決して許されなくなってしまい、
「……ヴヴヴヴッ!!
『すれ違いばっかで寂しい』って、愚痴ってた頃が懐かしい!
四六時中、引っ付いて居られるようになっても、
お前の人格が消えてるんじゃ、一体何のイミがあるってんだよ……!?」
――今こそ、千尋と話がしたい。
笑えないハンデを乗り越えて、一生分の真心を注いでくれた彼に、
俺も今度こそ、本当の意味で『愛している』と伝えたいのに……!!――
「ヴッヴッ……!グスッグスッ……!
……ああ……青いなぁ……!……キレイだ……!!
これも、一緒に見たかった……お前と……
あの、どーしようもねく大好きだった、お前とさぁ……!!
ヒックヒック……!ヒックヒック……!」
顔を上げれば、雲ひとつ無い、
宇宙へまで抜けているのではと錯覚しそうな青空……
そのどこかに居るかもしれない彼の幻影が、ひと目望めたらと、
懸命に瞳を凝らし見つめ続けても……
血の巡りが悪くなった網膜へ映るのは、涙でぼやけた碧玉の世界だけで、
――上を向いてたら、必ずいい事がある!
――涙も、自然と止まるってモンだろが?
「……畜生、誰だ?!
んな、口から出まかせ、ほざいたのは……って、何だ、俺かよ……」
いつだったか、泣き止まない千尋へ、偉そうに指南した記憶が蘇る。
その時も、ささいな誤解で痴話喧嘩が出来る程、幸せな逢瀬だった……
我が言葉ながら、何とも慰めにならないアドバイスをしたものだと、
思い起こしては、額を押さえて失笑せざるを得ず、
(そうだよ……止まるワケねぇ……!
俺は今でも、KYでお騒がせで、頑固でやきもち焼きで、
勘違いばかりしては勝手に暴走する、欠点だらけのトラブルメーカーに……)
こんなにも、会いたくて、会いたくて、たまらないのに!!
「ヴヴッヴヴッ……千尋……!
会いたい……グスッグスッ……会い゙だい゙んだよ゙ぉ!!
戻っ゙で来で……!俺の゙願い゙を゙、叶え゙でぐれ゙よ゙ぉぉぉーーーーっ゙!!」
どこまでも高く澄んだ蒼天へ、こらえ切れない魂の慟哭をぶつけ、
草いきれのする緑の大地に、柔らかな涙の夕立をいくら降り注いでも、
それらは無限に、むなしく吸い込まれ続けてゆくのみだった――
(たま~にくっつける事にしたおまけ)(*^_^*;;)
第454話のイメージ曲:
『逢いたい』(ゆずさん) 【歌詞】
♪もしも願いが叶うのなら どんな願いを叶えますか?
僕は迷わず答えるだろう もう一度あなたに逢いたい
外は花びら色付く季節 今年も鮮やかに咲き誇る
あなたが好きだったこの景色を 今は一人歩いてる
理解(わか)り合えずに傷付けた 幼すぎたあの日々も
確かな愛に包まれていた事を知りました
逢いたい 逢いたい 忘れはしない
あなたは今も 心(ここ)にいるから
ありがとう ありがとう 伝えきれない
想いよ どうか 届いて欲しい
朝の光に目を細めて 新しい日常が始まるけど
気付けばどこかに探してしまう もういないあなたの姿を
何も言わずに微笑(ほほえ)んだ 優しかったあの笑顔
生きる苦しみ喜びを 何度も教えてくれた
溢れて 溢れて 声にならない
あなたを空に 想い描いた
泣いたり 笑ったり 共に歩んだ
足跡 永遠(とわ)に 消えはしないさ
嗚呼 果てしなく また巡り逢う命♪
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「――あぁ~、変わってねぇなあ!……ここだけは……!!」
F高校から程なく進んだ帰宅途上にある、P公園。
少しだけ一服するため、横道にそれて、
件の桜の大木の前へやって来た俺は、
二ヶ月前の七月中旬に千尋と訪れてから、そこが、
当時と全く同じ装いを残していたことに驚き、
まるで、過去にさかのぼったかのような、憧憬の眼差しで付近を見渡す。
(あれが、元気だった千尋との、最後のミニデートだった……。
何年も昔みてぇな感じがすっけど、芝生も木立ちも、真夏の勢いのまんま!
『変わったのはお前達だけだ』って、呆れられてる気がするぜ……)
あの日恋人と見上げた桜は、明るい日光に照らされながら、
美しい青葉を一面に張り巡らせ……
人間社会の喧騒など『どこ吹く風』といった様相で、
ただそこに、ひっそりとたたずんでいて、
「……うぅっ!……あん時に、戻りてぇ……!!
俺が足を怪我してて、迎えに来てくれたお前の背中に揺られて、
ここまで運ばれてさ……
んで、俺達が初めて出会った時のコト、一緒に話して……」
「あふ……」
もはや心が折れまくりで、一人、とうとうと昔語りに逃避して……
いた俺の耳へ、唯一の聴衆が放ってきた、何とも間の抜けた合いの手が、
即座に現実へと引き戻してくれ、
「……ハ?!」
ギョッとして振り向くと、すこぶる眠そうな顔をした黒髪幼児が、
フガフガあくびを噛み殺しては、両目尻になみなみ涙をたたえていて、
「ゔっ……ゔっ……ゔ・ゔ・ゔ……ゔ・ゔ・ゔ……」
「……ちょ……!……まっ、待て!!
こんなトコで、力尽きないでくれよ!!」
本日の強行イベントのせいで、神経をすり減らす場面が多く疲れたのか、
抗えない睡魔と戦うつもりもなく、膝を折り腰をかがめていく彼の腕を、
俺は慌ててつかみ引き上げつつ、
「かっ、帰ろ?……すぐ帰ろう!!
家で寝た方が、ずっとマシだぞっ!!」
「ゔーー!……ゔ~~~っ!!」
こちらの都合を押し付けようとも、敵もさる者、
『ヤダ、寝る!』という、頑なな態度を維持したまま、
躊躇なく地べたへ寝転がり、
「オイ!!勘弁してくれよっ!!千尋ったら!!
起きろーーーっ!!わあ゙ぁ゙ぁ゙ーーーーっ!!」
「スーッ、スーーッ……スーーーッ……」
あっという間に、爆睡の彼方へ意識を消失させてしまった!
「……!!……!!……マジ・かよ……??」
後には、叫ぼうが揺さぶろうが、微動だにせず眠りこける恋人と、
その頭を両腿に乗せたまま、呆然と芝生の上にへたり込んでいる自分が残り、
「……どーすんだよ、コレ!?
じきに日も暮れて、危なくなるってのに、
俺一人じゃ、にっちもさっちもいかねーぞ……!!」
自宅ではちょくちょくあった事でも、
こんな風に、外で昏倒されたのは初めてで、
展開を受け止め切れずに停止した脳が、
冷静さを取り戻すまで、しばらくの時間を要し、
「……困ったなぁ~!!……いざとなったら、
タクシーを呼ぶか、ロバートに来て貰うしかねぇか……。
それもコイツが、いつまで寝るかによるし……ハアァァ~~!!」
こんな、近場に日陰もない公園のど真ん中で、
豪快に倒れ込んでいる大男を、
一人置き去りにして逃げ出す訳にもいかない。
千尋の様子を見ながら、気長に待つ他はなくて、
元は教科書類、今や彼のお世話グッズで一杯のリュックを開けて、
夏の強い日差しの照り返しを、
上手く遮ってくれそうな物は無いかとあさり、
「こんだけ暑ちぃと、熱中症が怖えーんだけど……何もねぇなぁ!
……準備悪りぃな、俺……」
予想の斜め上をゆく彼氏の行動に、
俺の通学カバン改め、マザーズバッグの品揃えも、
ようとして追い付いていけない。
自分も汗をかきかき、眠る恋人の火照った頬を、
手の平でパタパタあおいでやっては、
「せめて、俺とお前の体格が、逆だったらなぁ~!
……いや、それより何より”アレ”だよな、やっぱ……」
――いいか、可能な限り早く、免許を取得するんだぞ!
――車なら、俺が買ってやるから!!
(……ッッ……!!)
生前の千尋が、口を酸っぱくして命じていた台詞が、
今頃になって、教訓のように鋭く胸へ突き刺さる。
ジェリーにひき殺されそうになった恋人を心配した彼は、
『自転車は危ない、せめて自家用車で通学しろ』と、
ことあるごとに忠告してくれていたというのに、俺は、
借金を増やしたくないのと、悪目立ちしたくないというだけの理由で、
彼の提言を全力でスルーし続けた……結果、
今や『移動手段は徒歩のみ』という、最悪な事態に追い込まれてしまい、
「あぁ~~!何つーアンポンタンだったんだ、俺は!!
車さえ運転できりゃ、こんなトコで立ち往生しなくて済んだのに!!」
たとえ千尋が寝込もうが、機嫌を損ねてぐずり泣きしようが、
車内へ格納したまま、楽々アパート直帰することが出来たのだ!
(それどころか、買い物も病院通いも、自由自在!
有り余る暇を有効活用して、コイツと観光しまくる夢だって……!!
~~俺のっ、バカバカ!!大馬鹿野郎ぉぉぉーーーっ!!)
『なぜ彼の言う通りにしておかなかったのか』と、
悔やんでも悔やみ切れない頭蓋骨を抱えて、
ウンウン悶絶している……その真下で、当の本人は、
愚かな恋人を叱り付けることもせずに、
スースースヤスヤと、安らかな寝息を立てていて、
「……ハァ……寝顔だけは、相変わらずイケメンだよな。
本とに、心がぶっ壊れてんのかと、疑いたくなるホドに……」
しかしこれは、”彼”ではない。
俺が愛した男性は、この中で深い眠りに就いていて……
いつか、何事も無かったかのように目覚めて、
『歩夢』と呼び掛けてくれると、信じていたいのに、
(この、性質の悪い”抜け殻”……
千尋の姿をした赤ん坊が目を開ける度に、
『そんな妄想は叶う訳がない』って、思い知らされる……!
毎回毎回、騙し討ちみてーな真似して、
ささやかな期待を打ち砕いてきやがるなんて、鬼の所業かよ!!)
八つ当たりのごとく俺は、その凛々しく整った眉、フサフサのまつ毛、
シュッと引き締まった輪郭を指先でなぞり……
最後に行き着いた口角を、グニグニもてあそんでは、
「……オイ、バカ千尋!
『あー』とか『うー』とかばっかくっちゃべってねぇで、
たまには『歩夢』って言ってみろよ?……ほらっ!
『あゆむ』だぞ、『あ・ゆ・む』!……『あ・ゆ・む』っ!!
アァーーユゥーームゥゥゥ~~~っっ!!
……ッ……!……ッッ……!!~~~~~ッッッ!!」
無体な発音訓練を施す右手が、ワナワナ震え出してつと止まり、
プルンと艶っぽい形状を取り戻した唇へ、
汗ではない水滴がポタポタ舞い落ちる。
(……何で……何でなの……?
どうして今、俺の隣に千尋が座ってねくて、
優しく微笑みかけてくれないの……??)
我が手の内には、こんなにも確かな温もりと、
しっかりした息づかいが存在しているというのに!!
「ヴッヴッ……!ヴッヴッ……!
教えてよ……俺は、いつどこで間違ったの……?
どうすれば、お前はまた、俺のトコに帰って来てくれるの……??」
わずか19年の生涯を、俊足で駆け抜けて逝った彼……
その間俺と暮らせたのは、たったの四ヶ月弱という短かさで、
「……もっと、お前の言葉に、耳を傾けるべきだった……!
俺さえ、お前を信じて、求められるままに愛してやれてたら、
こんな別れ方には、ならなかったハズなのに……!!」
以前の千尋は俺を、ちゃんと恋人として扱ってくれた。
彼が必要とした時のみ、母親役を演じるだけで良かったのに、
今や、母親以外の立場で彼と接することは、決して許されなくなってしまい、
「……ヴヴヴヴッ!!
『すれ違いばっかで寂しい』って、愚痴ってた頃が懐かしい!
四六時中、引っ付いて居られるようになっても、
お前の人格が消えてるんじゃ、一体何のイミがあるってんだよ……!?」
――今こそ、千尋と話がしたい。
笑えないハンデを乗り越えて、一生分の真心を注いでくれた彼に、
俺も今度こそ、本当の意味で『愛している』と伝えたいのに……!!――
「ヴッヴッ……!グスッグスッ……!
……ああ……青いなぁ……!……キレイだ……!!
これも、一緒に見たかった……お前と……
あの、どーしようもねく大好きだった、お前とさぁ……!!
ヒックヒック……!ヒックヒック……!」
顔を上げれば、雲ひとつ無い、
宇宙へまで抜けているのではと錯覚しそうな青空……
そのどこかに居るかもしれない彼の幻影が、ひと目望めたらと、
懸命に瞳を凝らし見つめ続けても……
血の巡りが悪くなった網膜へ映るのは、涙でぼやけた碧玉の世界だけで、
――上を向いてたら、必ずいい事がある!
――涙も、自然と止まるってモンだろが?
「……畜生、誰だ?!
んな、口から出まかせ、ほざいたのは……って、何だ、俺かよ……」
いつだったか、泣き止まない千尋へ、偉そうに指南した記憶が蘇る。
その時も、ささいな誤解で痴話喧嘩が出来る程、幸せな逢瀬だった……
我が言葉ながら、何とも慰めにならないアドバイスをしたものだと、
思い起こしては、額を押さえて失笑せざるを得ず、
(そうだよ……止まるワケねぇ……!
俺は今でも、KYでお騒がせで、頑固でやきもち焼きで、
勘違いばかりしては勝手に暴走する、欠点だらけのトラブルメーカーに……)
こんなにも、会いたくて、会いたくて、たまらないのに!!
「ヴヴッヴヴッ……千尋……!
会いたい……グスッグスッ……会い゙だい゙んだよ゙ぉ!!
戻っ゙で来で……!俺の゙願い゙を゙、叶え゙でぐれ゙よ゙ぉぉぉーーーーっ゙!!」
どこまでも高く澄んだ蒼天へ、こらえ切れない魂の慟哭をぶつけ、
草いきれのする緑の大地に、柔らかな涙の夕立をいくら降り注いでも、
それらは無限に、むなしく吸い込まれ続けてゆくのみだった――
(たま~にくっつける事にしたおまけ)(*^_^*;;)
第454話のイメージ曲:
『逢いたい』(ゆずさん) 【歌詞】
♪もしも願いが叶うのなら どんな願いを叶えますか?
僕は迷わず答えるだろう もう一度あなたに逢いたい
外は花びら色付く季節 今年も鮮やかに咲き誇る
あなたが好きだったこの景色を 今は一人歩いてる
理解(わか)り合えずに傷付けた 幼すぎたあの日々も
確かな愛に包まれていた事を知りました
逢いたい 逢いたい 忘れはしない
あなたは今も 心(ここ)にいるから
ありがとう ありがとう 伝えきれない
想いよ どうか 届いて欲しい
朝の光に目を細めて 新しい日常が始まるけど
気付けばどこかに探してしまう もういないあなたの姿を
何も言わずに微笑(ほほえ)んだ 優しかったあの笑顔
生きる苦しみ喜びを 何度も教えてくれた
溢れて 溢れて 声にならない
あなたを空に 想い描いた
泣いたり 笑ったり 共に歩んだ
足跡 永遠(とわ)に 消えはしないさ
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